欲情の定義





「『同情』とは気持ちを同じにすることであり、同じ気持ちのことではない。『発情』とは情欲を発することであり、発した情欲のことではない。『愛情』とは愛する気持ちのことであり、気持ちを愛することではない。『薄情』とは情けの気持ちが薄い状態のことであり、情けを薄くすることではない」
「……体育館裏なんかに呼び出したと思ったら、国語の授業みたいなことを始めて、一体君は何がしたいの?」
「そうやっていらいらしないでくれよ。今から君に告白するんだ。さて、これら「情」を二字目に持つ二字熟語は、一字目の漢字の属性によって二つに分けることができる。たとえば、『同情』の『同』は「同じにする」、という動きを表し、『発情』の『発』は「発する」、という動きを表している。この二つは『情』をどのように動かすのかを示すタイプの二字熟語だ。一方、『愛情』の『愛』は「愛している」という状態を表し、『情』を説明する役割を担う。『薄情』の『薄』も、『情』について、「薄い」という状態を説明している。この二つは『情』それ自体の性質や形状について示している」
「それで、まだ続くの?」
「ところで、君は「愛情する」という言い回しに違和感はある?」
「何、急に。あるけどさ。「愛情する」なんて言わないじゃん」
「じゃあ、「薄情する」はどう? 自白の方の白状じゃなくて、冷淡な方の薄情ね。ほかにも、「熱情する」とか「直情する」とか」
「聞かないし、言わないね」
「なら、「同情する」や「発情する」は?」
「それは普通に言うんじゃない? みんな違和感ないと思うよ」
「ここでさっきの話に戻る。『情』の性質・状態を説明する形で成り立った熟語、たとえば『愛情』『薄情』『熱情』『直情』といったものたちは、みんな熟語の後ろに「する」と付けることができない。付けてしっくりくるのは、『同情』とか『発情』とか、『情』を動かす形の熟語だけなんだ」
「まあ、動詞的な熟語に「する」と付けることにしっくりくるのは当たり前な感じするけど」
「ご理解いただけたところで、今度は逆に考えてみる。つまり、「する」と後に付けることができる『○情』という熟語は、「○という状態の情」という意味ではなく、「情を○する」という意味を持っている、とこういう風に考えられるんじゃないか。「同情する」にも「発情する」にも違和感はない。ならば『同情』は同じ気持ちのことではなく、気持ちを同じにすることであって、『発情』は発した情欲のことではなく、情欲を発することだ」
「そうだね」
「本題に入るよ。僕は君に欲情している」




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